On THE PIXEL, Under THE PIXEL

6. 人の重み〜氷山の一角〜

『Cape-X』 Dec. 1995 掲載

中村理恵子

 

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集合住宅というのは、「裏口閉めたかしら?」なんて気にしなくていいだけ、わたしには、なかなか気楽でいい住処である。しかし、先月階上の住人が代わってから、そうも言っていられなくなった。今度の住人は、まず直線を50回は往復する。次は、直進して直角左曲がりをくり返し、最後にドカン!!と四股を踏む。いったいどんな生き物なのか、ぜんぜん想像ができない。ただ、ものすごいエネルギーと信じられない爆音が階下のわたしめがけて襲ってくる。ついでに天井に吹き付けられた塗装剤の粒が”のりたまふりかけ”みたいにぱらぱら降ってくる始末。

ある日、ついにその信じられないパワーの持ち主(以下、怪獣と表現)を垣間見るチャンスが訪れた。それがだ、呆れたことに、怪獣は身の丈97cm、浅黒い顔したやせっぽちの子供なんだよね。こんなちっこい子が、あんな爆撃機みたいな地響き発してるわけ?こうなったら、明日は怒鳴り込んでやるぞ!と、意気込んでいたそんな時、わたしは石井裕さんに出会った。

石井さんは、CSCW(Computer Supported Cooperative Work)という研究分野で非常に優れた成果を上げて、神様と評されている。彼は、ネットワークを使った協調作業を支援するシステムを研究している。その具体的な装置のひとつ、”クリアボード”と命名されたシステムについて「ぼくのエレガントな娘がね、今は霞が関のショールームにいるから、一度ぜひ遊んでやってください」
などと愛情たっぷりに紹介したりするのだ。

神様というくらいだから、てっきり白い髭でも蓄えたお爺さんだろうと思いこんでい たが、石井さんは、若かぁーい。生き生きしていて元気いっぱい。わたし達と同世代で、バナナが大好き。

後日、その石井さんが「ね、ね、おもしろいよ」といって大木の根っこをシミュレーションしたCG画像を見せてくれた。それから、これは偶然みかけたんだけど、彼が、氷山を例にして海上に出ている部分と水面化に沈んでいるその何十倍もの塊をさして何事かをレクチャーしている姿。この二つのことがわたしの中で、いきなりシンクロした。

彼は、人の持っている能力、感覚、エネルギーの総和に興味があるのかもしれない。CSCWの研究も、人との協調作業の効率をはかることにとどまらず、個人の持っている能力の拡張や発掘にまで及ぶ壮大なシステム構築を目的にしているのかも。と、一気に勝手な想像を組み立ててしまった。

だとすれば、階上に生息する怪獣について、わたしは、さっそく石井さんにあやかろうと思う。目に見える怪獣のちっぽけな肉体は、それこそ氷山の一角でしかない。怪獣の本当の姿は、97cmの身体+階下に発散される膨大な生命エネルギーの総和だ。

こうなったら、怪獣の総和の水位を観察してやろうじゃない。いつか肉体がすっかり伸びきってしまい、階下への爆音がピタリと止む日まで。 ぴ〜す。

(Dec.1995)


 

 

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