On THE PIXEL, Under THE PIXEL

3. 「R」の話 その3
〜 R(アール) リアリティー〜

『Cape-X』 Sep. 1995 掲載

中村理恵子

 

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最近、図書館利用のひとつの楽しみをみつけた。どこの図書館にもあるんじゃないだろうか?、新刊コーナーというやつが。わたしがよく行くS図書館には、二棚分くらいの新刊本が常に真新しい背表紙の入れ替えを繰り返す。トイレの話から、サルトルとボーヴォワールに騙された女性の告白文、画集や絵本、役所がだしたなんとか白書まで信じられないようなごった煮状態なのだ。この棚にやってくる本たちの共通点は、ここ数カ月以 内に出版されたということだけ。‘今’というキーワードで検索されて自動的にここに集まってくる。

「貸出は1回5冊までですよ」という事務的な物言いも気にならない。だってまるで目前に配られた5枚のトランプカードのようだもの。自分の趣向を最初から剥奪されたこの棚から5冊しか持ち出せないという約束事が、ゲーム感覚をいっそう煽る。

前書きが長くなったけど、Rの話、その3。フィクションの中のR。

新刊コーナー、棚の右から3冊目の本に視線が釘ずけになる。 『R(アール)』―リアリティー― 藤原智美著。表紙には、大きな黒い文字でRとある。唐突だがマーク・ロスコーという抽象画家を御存じだろうか?1903年ロシアに生まれ、その後アメリカに渡って活躍した作家だ。彼の絵には、ぼうぼうとした地平線があるだけ。空も地面も同系色で、わずかに彩度を違えて天と地を塗り分ける。そのロスコーを思わせる赤地の水平線にRの文字が浮かんでいる。

この本の主人公は『君野雄一 34才国籍日本 血液型A型ゲーム制作者』とあり、話の大筋は次のようだ。

君野は、ある日、なんと死刑執行人に選出されてしまう。死刑は専任の執行人によって執行されると考えていた彼は、狼狽し抵抗する。しかし、死刑執行は市民の義務であると一喝される。では、いつ、どこで、誰を、どんな方法で殺るのか?と君野が問うが、当局は一切情報を与えない。(ここからがオモシロイ)

彼は優秀なゲーム制作者だ。まず高価なダミー(交通事故の衝撃実験に使われるような)を買い込み絞首刑の実験データを集める。お次は死刑を宣告されそうな凶悪犯罪の情報収集。ゲームのシナリオを編んでいく要領で死刑執行のシミュレーションを丹念につづける。ついに一人の女性死刑囚『R』が浮かび上がる。その瞬間の描写。『それは、君野にとって、自己の創作した物語をこえた存在、たしかな現実だった』

ここで副題のリアリティーという言葉が、わたしの耳の奥のちっぽけな骨にコツンとあたった。

でもね、このコツンがその後も時々エコーしている。果たして、市民の義務としての死刑執行人っていうスタートからして、リアルだったの?それとも君野の超ゲーム感覚の肥大の産物だったの?

なんともムズ痒い後味を残したまま、もうとっくに貸出期限の切れた『R』をまだ返せないでいる。

(Sep.1995)


 

 

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