インターネット上に設置されたヴァーチュアルな壁=「The Wall」で繰り広げられる「連画」に、そもそも「国際」という枕詞は不要かもしれない。何故なら言うまでもなく、この21世紀を目前とした電子情報網時代では、自宅のパソコンを立ち上げ、ウインドウをクリックするだけで、確実に素早く、地球の地図のどこにも無いが、確実に存在を感じられる場所……無国籍の人びとがネット語なる共通言語をもって集いにぎわう、巨大スケールのネットワークの球体へ旅することができるからである。


 「The Wall」は、時間と空間を超えたインターネット上に浮かぶ、ボーダレスな小宇宙=ネット・コミュニティである。そう著すと、無数に存在する掲示板やチャットルーム、特定のアクセス顧客を持つオンライン・サービスなどと同様のようだが、「The wall」が他に類を見ないのは、それが、創造の種を発芽させ、アクセスしたアーティスト同志の関係性を育てるプラットフォームとして構築、デザインされていることである。


 今回の「国際連画-InterWall Session」に参加したアーティストは、各々何らかの形で、以前に、中村理恵子、安斎利洋の発案であり、代表作である「連画」に関わった経験を持っている。今までの国際連画セッションでは、他人の作品を充分に理解し、かみ砕いてから、自分の作品の中で、消化させる手法が取られてきた。言いかえれば、前後に連なる関係性を持った「連画」であるが、アーティストが向かい合うキャンバスは、ひとつであったのだが、今回の「The Wall」では、キャンバスとなる壁は、円筒状の滑らかな空間であり、エンドレスにも感じられる広がりを持つ。果たしてアーティストに、今回の仕組みが使いこなせるのか、実験の目的は理解されているのか、創作意欲を刺激し、活発なセッションとなるのか、制作チームの不安は大きかった。


しかし、予想に反して、アーティストたちは、「The Wall」へのアクセスに成功すると、まるでためらうこと無く、時には陣地取りをするかのように戦闘的に、ひらめきにまかせて、コラボレーターの作品に遠慮なく筆を入れ、作画を行った。これはひとつには、従来の連画の創作意義、仕組みを継承しつつも、インターネットの特性を生かした、ダイナミックかつきめ細かな「The Wall」の設計思想によるところが大きい。インスピレーションを感じた領域を確保できる「インターロック」というシステム。連画の流れを再認識するための履歴表示の機能。手元で制作した作品が"send"コマンドによって、たちまち「The Wall」を塗り変えていくことを実感できる工夫など。そして、インタラクティヴなメディアとして語られることが多いとは言え、情報提供、情報報収集という一方交通的な受け渡しの手段で利用されることが多いインターネット上に、リアルタイムな共同制作の現場が持ち込まれたということ。その現場を第三者が鑑賞できるということ。


 「壁」の持つ歴史的意味を示唆するように、「The Wall」は、ネットワーク特有の軽やかさと、匿名性(記録が残るにしても)を持っている。沸き上がるいたずら心を創作のモチベーションにして、言葉の断片や落書きが重ね描かれる。従来の連画にはなかった作品への意識と執着の希薄さ。

 絵巻物のようなナラティブ性。連画は「The Wall」の応用実験を経て、更に進化していくのだろう。今後、「The Wall」が、どの方向に我々を導き、何を気付かせてくれるのか楽しみである。

[柳沼 結美]